良いギターの条件に最も大事なのは倍音があるかどうかである。そう言い切るOTS LABの主宰にしてAyersギター及びSKYSONICピックアップ日本総代理店の新岡大氏に倍音(OverTone)にこだわるのはなぜか、話を聞いた。(この記事は他掲載インタビュー記事の再編版です)
良いギターとは
一般的に高級ギターは高級材を使用していて、素材に頼って作られていると思います。また、ギター製作家のインタビュー記事を読むと各作家が重視している部分は異なっており、ある人は塗装、ある人は精度、ある人はデザイン……と様々です。
私はAyersの代理店になる前から通算するとすでに800本以上のギターを作り、全てチェックし、音に最も大きな影響がある要素は何かを研究して来ました。
その結果辿りついたのが、(1)倍音と(2)揺れ、(3)反応速度(レスポンス)という3要素です。
倍音について理解する
「倍音」の捉え方は人によって異なると思いますので、最初に確認しておきたいと思います。
たとえばギターの1弦をEにチューニングすると330Hz になります。これを基音(きおん)と呼びます。それに対して、12Fの音は2倍音、つまり660Hzで1オクターブ高い音です。そして5Fのハーモニクスはさらに倍の4倍音1320Hzになります。
もし弦を一本弾くだけで2倍音や4倍音を同時に発生させられるとしたら、どうでしょうか? ピアノの鍵盤で想像してみてください。あなたがドを押したときに、他の誰かが1オクターブ上のドも一緒に押してくれたなら、音の厚みが違うと思いませんか?
すべての楽器には倍音があるのに「倍音がある、倍音がない」という表現は少しおかしいのではないかと質問されることがあります。確かにどのギターでも倍音は発生しています。でも問題はその音量なのです。
例えばある人が「お金がない」と言っても、それは財布の中身が0円で貯金も0円だという意味ではありません。「倍音がある」というのは、測定器などを使わなくても普通に耳で聞こえる音量の倍音があるかどうか、という意味です。
基音と同じ、または基音に迫るほどの倍音が聞こえる場合、そのギターは「倍音のあるギター」と言えます。それに対して、ただ基音が強く、その基音が減衰するだけのギターは「倍音のないギター」と呼んでいます。(前述の通り、それでも倍音がゼロというわけではありません)
はっきりとした倍音のあるギターは、音の太さも、立体感も、余韻も全てが違います。コードを弾いても美しく、メロディーを単音で弾いても明らかに音の厚みが違います。
また、倍音を含んだギターの音には揺れ感があります。ちょうどコーラスというエフェクターがかかっているかのようです。
この揺れは、弦を押さえたときに強く感じられますので、次のような原理ではないかと思います。
弦を押さえたときに出る音は、平均律の音階です。一方、ハーモニクスやボディ内部の倍音共鳴はフレットと関係なく出る音ですので、音階的にはピタゴラス音律とか純正律だと思われます。この二つの音律の数セントの差が揺れとして感じられるのです。
倍音と揺れを持つギターは、明らかに楽器としてのレベルが上だと考えています。
ビンテージ・ギターの倍音
高価であってもビンテージ・ギターを求める人が多いのは、新品のときよりも多くの倍音が出るからだと思います。
例えばマーチンの28シリーズの新品は基音が強いのですが、25年ものになると1秒後に2倍音が聞こえてきます。楽器が新しいときは、トップとバックのチューニングが1度と1度のユニゾン関係になっています。つまり、二人で同じパートを歌っている状態だと言えます。
しかし、25年経ったマーチン・ギターはトップとバックが5度の関係に変化している場合があります。人はオクターブや5度のハーモニーを美しいと感じます。もしかすると木材や自然界も自ずと5度のハーモニーを好んで生み出すのではないか、と想像してしまいます。
トップとバックが常に5度の関係にあるば倍音も異なってくるはずです。他にもトップ材をアディロンダックにしたり、バック材をココボロなど硬い木材にした場合、トップとバックの関係は変化し、3度や5度のハーモニーが生じる場合があります。
このように意図していなくても、環境の変化で後から倍音を持つようになる場合や、トップ・バックの硬さの違いで生じる倍音を環境倍音と名付けました。私どもの「OTS 1.0」はこの環境倍音を持たせたギターです。
しかし、一部のギターには、新品の状態でも豊かな倍音を持っているものがあります。
これらは製造時に倍音が出るように設計し、作られているのです。これらは、つまり構造的に倍音を発生するものであり、ビンテージ・ギターのように後から倍音が変化したものとは違います。
そこで私はそれを構造倍音と呼ぶことにしました。「OTS 2.0」はこの構造倍音になります。
構造倍音を持つギターの代表格は、マーチンの40番シリーズ、いわゆる「縦ロゴ」になります。マーチンの横ロゴと縦ロゴの倍音は明らかに違います。マーチン社は何も説明していませんが、縦ロゴには構造倍音があり、そのように作られているはずです。その上、41、42、45と倍音の種類を作り分けていると思います。
41(40も同じ)には強い2倍音があり、42はさらに高音での変化が追加されています。そして45は低音から高音まで全てに倍音を感じます。 45は測定すると2倍音だけでなく、3倍・4倍・5倍の音も高レベルで出ていることが分かります。
倍音が多いと使いにくい?
ときどき「倍音が多すぎると使いにくい」という意見を聞くことがあります。これも倍音の定義に関わる問題なので、少し整理してみます。
たとえば、マーチンの28の倍音と41の倍音を比較すると、41の方があらゆる点で優れています。どのジャンルのなにを演奏しても、41の構造倍音の方が良いと感じます。
それに対し、45の倍音は 41の倍音よりもさらに深く、広く、強力です。それはリバーブが深い状態に少し似ています。そのため、45の場合は弦を弾いてからおよそ1秒後には倍音が強く聞こえ、基音が聞こえなくなります。あたかも基音が倍音に置き換えられたかのようになります。
この深いリバーブ・サウンドは、ソロギターや小編成では心地よく感じられます。しかし、ベーシストもいるバンド編成の中では、アコースティックギターの音はすべては聞こえません。このような状況では41系の音、つまり高音の倍音はしっかり聞こえて低音の倍音はそこまで強くないサウンドを用いる方が良いかもしれません。あるいは、カントリーやブルーグラスなど他の弦楽器で速いテンポでリズムを刻む場合、低音の倍音が多過ぎると不便になることがあります。
結論として、倍音が多過ぎて使いにくいというのは少し誤解があると思います。倍音の種類によって合わない音楽があるというのが正しいと思います。
楽器としてのレベルは構造倍音を持つものが別次元に良いのは間違いありません。私はギターを弾く全ての方にこの構造倍音を知ってほしいと思っているくらいです。
ギターのレスポンス
もうひとつの重要な要素は反応速度、つまりレスポンスの良さです。しかし、日本やアジアのギターは欧米のギターに比べると、レスポンス面で少し反応が遅れる事があります。そのため、アメリカのブルーグラス奏者は、レスポンスの遅いアジアン・ギターを使うことを好みません。
倍音と揺れ、そして反応速度という重要な3つの要素を解明したOTSLABは、より多くのギター・ブランドとコラボできることを楽しみにしています。
倍音についての理解が進まないのはなぜか
やはり、全体として構造倍音を持つギターが少ないからだと思います。
アコースティックギター業界には前述のマーチン縦ロゴが存在するのでアコギのサウンドのレベルは高く、幸せなことだと思っています。
日本の手工品ギターには、エム・シオザキ弦楽器工房の塩崎氏が作るギターで独自の構造倍音を持つR-1などがあります。塩崎さんは音を聞き分ける天賦の才があり、訓練だけでは到達できないところにいる方だと思います。
クラシックギターでは、それがさらに少なくなります。もちろん私もすべてのクラシックギターを弾いたわけではないので控えめに発言しますが、イグナシオ・フレタの手工品ギターには倍音があります。フレタで演奏を録音すると音の立体感や奥行き感が格段に違うのですが、多くの人はこの倍音に触れる機会がほとんどないために、クラシックギターの世界ではまだ構造倍音が知られていないと感じます。
ウクレレの世界には、マーチンのスタイル5があり、ギター界での45のような豊かな倍音を持っています。その他にハワイの手工ウクレレ、ペガサスにも倍音があります。しかし、全体として構造倍音を発生する機種は少なく、それに触れたことのない人が多いのが現実だと思います。
これが倍音について理解が進まない一つの理由と考えています。
倍音とギターの調整
先日のこと、40シリーズのギターでネックの逆反りが原因で音量が小さかったのですが、オーナーさんはそれに気づいておらず、「このギターは鳴らない」と言っておられました。ただ調整がベストではないためにギター本来の音が出ていないだけで、そのギターが持つ倍音は素晴らしいものでした。
構造倍音の特徴を理解できれば、調整不良で本来の能力を発揮していないだけであって調整でもっと良くなるはずと判断できるようになります。ネックの反り、ナットの溝の切り方、サドルの底面とフレットの仕上げは倍音の聞こえ方に大きな影響を与えます。
ギター本体が持つ倍音と調整不良の問題は、切り離して評価出来るようになるとギターがさらに面白くなります。倍音の特徴や音質の判断方法を理解出来れば、それは一生の財産になるのです。それで私はギターの音質を判断する8つの要素をテーマとして楽器店でのセミナーやOTS LAB倍音ブログで解説しています。
ときどき「このギターは鳴る、鳴らない」という話を聞くことがあります。そんなとき、こう問いかけてみます。量は多くて味が普通のレストランと、量は普通で味が美味しいレストランとどちらが好きですか? 多くの人は後者を選択します。同様に「鳴る、鳴らない」だけで判断するというのは、大盛りの料理のようにギターを音量だけで判断してしまうことになりかねません。それよりももう少し他の要素を理解して、味わい方を知る方がもっともっとギターの楽しみ方が広がって良いと思うのです。
整数次倍音と非整数次倍音
基音から2、3、4、5……倍で出る倍音を整数次倍音と呼びます。
それに対して、ドラムのシンバルから出る音は非整数次倍音と呼ばれます。自然界にある海の波や風で鳴る木の葉の音なども非整数次倍音だと言われます。
魅力のあるボーカリストの歌声は、この2つの倍音が混じり合っていると言われます。アコースティックギターもこの2つの倍音が混ざっていると言えます。鉄弦と鉄のフレットがぶつかる際に生じる非正数次倍音とボディ振動によって生じる整数次倍音が混じり合う音に多くの人は魅力を感じているのでしょう。
整数次倍音の方が好きだと感じる人もいます。そうした人はクラシックギターの音色が良いと感じるかもしれません。逆にギブソンのジャキジャキ感が好きという人は、鉄弦とフレットが作り出す非整数次倍音の音に惹かれているのかもしれません。
これらの研究を通して倍音の違いを理解することはできましたが、次の段階はどうやってこの構造倍音をギターに入れるかということでした。この研究開発にかなりの時間と資金を投資してきました。ヒントを求めて様々なところへアプローチし、試行錯誤しました。
そして2021年、ついにウクレレの試作品が完成し、その後ギターの試作も行いました。その結果、構造倍音を解明できたと確信いたしました。
そして現在は、構造倍音を搭載した Ayers Guitars OTS 2.0 およびOTS LABプロデュースのギターを発表しています。
OTS LABでは世界で最もリーズナブルな価格で構造倍音を持つギターを販売しています。最初のモデルはドレッド・カッタウェイのDR-C Adironです。日本国内のルシアーがのトップとバックのブレイシングを担当し、Ayersの工場で製造するという方法を取りました。サウンドのレベルはまさに高級ギターです。また、国内工房とのコラボにより世界に通用するOTS LABギターも計画中です。世界のギターコンクールにも出品したいと考えています。
私がベトナムや中国のギター工場を訪問して感じるのは、良いものを作りたいという熱意があれば場所は関係ないという事です。
やはり最後は職人がギターを作ります。職人集団の工場の仕事レベルは時として個人工房を超えるものがあります。
もちろん日本製の良さもあります。でも、メイドイン・ジャパンだから盲目的に良いということもないと感じております。
OTS LABがプロデュースする中国製のBergギターは中国製最高峰のクオリティかと思われます。トップ、バックだけではなく、ネックやブレイシング材まで全てが熱加工されたものを使い、3ピースの強化ネックにカーボン補強、そしてボルトジョイントによるネックアングルの安定性を備えています。
プロレベルでギターを使う場合、このネックの安定度は重要です。倍音を持ち最初から抜けた音が出て、音の遠達性もボディサイズも良くて、エレキからの持ち替えにも最適です。
アコースティックギターの本体が構造倍音により豊かな整数次倍音を生み出し、その上鉄弦の作る美しい響きの非整数次倍音が混じり合い、倍音と揺れを持つ、いつまでも弾いていたいと感じさせるギターが出来た、と思っています。ぜひ皆様もこのサウンドを体験してみてください。
付録
アコースティックギターのサウンドを判断するための分析要素
倍音(構造倍音、環境倍音)があるか
揺れがあるか
音量
バランス (周波数の帯域)
ハーモニーの美しさ
遠達性
レスポンス
特別な個性
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